【萩京子・極私的作品解説】
壁のうた
詩:斎藤憐、曲:林光
劇団自由劇場の『トラストDE』の劇中歌として、1969年に作曲された。
斎藤憐さんも林光ソングの詩をたくさん書いている。
佐藤信さんや山元清多さんとともに、劇団自由劇場から黒テントの流れのなかで、ミュージカル的な劇中歌ではなく、ブレヒト的な劇中歌をつくった協働者のひとりだ。
それはつまり、ことばの側からソングの原型をつくった人のひとりということだ。
この『壁のうた』、「見世物小屋には壁がある」という出だしのことばが、とても印象的だ。
一度聞いたら忘れられない。
♪ミソミソミソミラ~(移動ドで表現!)
という音の並びが、強烈なのだ。
もう一箇所、音で印象的なところは、「笑いの涙」「別れの涙」のところ。
ミファミファミファミ~となる。
このミファミファミファミ~は十六分音符で細かく動く。
「目には視えない」のところも十六分音符で動く。
全体の音の動きのなかでこの二か所が際立つ。
1番と2番での言葉の並べ方が、定型詩として、とてもよくできていると思う。
舞台の上で→鉄橋の下で
ピエロがないて→ピエロが死んで
旦那がたが→淑女どもが
笑いの涙→別れの涙
あっちとこっちじゃ→うえとしたでは
上記の違いだけで、他のことばは1番と2番共通で表現している。
1番で表したことを引き受けつつ、2番でひっくり返し、かつ深まっている。
これは有節歌曲としていつも目指すところだが、なかなか簡単にはいかない。
(有節歌曲というのは、1番2番(3番)・・・というふうになっていて、同じメロディーで違う歌詩を歌う歌のことです。)
自由劇場時代のソングたちは、それが軽やかに実現しているものが多い。
『壁のうた』は芝居から飛び出して、独立したソングとして歩み続け早50年。
聞くたびに新鮮で、歌う人によって違う光が差す歌。
これはもう古典かもしれない!
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壁のうた
見世物小屋には壁がある
目には視えない壁がある
舞台の上でピエロがないて
そっちの方じゃ旦那がたが笑いの涙
あっちとこっちじゃ大ちがい
壁の視えないピエロのまぬけ
舞台の上から落ちて死ぬ
この世の中にゃ壁がある
目には視えない壁がある
鉄橋の下でピエロが死んで
橋の上では淑女どもが別れの涙
上と下では大ちがい
壁の視えないピエロのまぬけ
舞台の上から落ちて死ぬ
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行ってしまったあんた
詩:斎藤憐、曲:林光
この「いってしまったあんた・・・」も劇団自由劇場の『トラストDE』の劇中歌。
『トラストDE』は、イリヤ・エレンブルグ原作の芝居で、台本は斎藤憐、演出は観世榮夫。
1969年12月5日から翌1970年3月1日まで、『バーディー・バーディー』と『鼠小僧次郎吉』と『トラストDE』の3作品を交互上演した、ということである。
そういう上演記録を見るだけで、ワクワクしてしまう。
後に黒テントの活動に繋がって行く劇団自由劇場時代は、アンダーグラウンドシアター自由劇場という地下の小さな空間での上演だった。
アングラと言う言葉ぴったりのスタイルのように思えるが、アングラと言えばテント公演のイメージが強い現在から考えると、アングラの双璧は、紅テントの状況劇場と黒テント!(諸説あると思いますがざっくり書いているので悪しからずごめんなさい。)
黒テントは、劇団自由劇場時代の作品の選び方にヨーロッパの香りがするところが唐十郎の紅テントとは大いに違っていて、佐藤信さんや斎藤憐さんはヨーロッパ演劇の流れを常に意識して、でも(日本の)新劇には背を向けて、より今日的な演劇を!と考えたのだと思う。
そしてヨーロッパ音楽の技術を完璧に身に着けた林光さんが彼らとの協働作業を楽しみ、素晴らしいソングをたくさん残したことが、とても偶然とは思えない。
さて、戦後演劇史考察はこのくらいにして・・・。
『いってしまったあんた・・・』の間奏のメロディーは、昔のメロディー譜にはクチブエと書いてある。
モード(旋法)を使った全体的には物悲しい節なのだが、コードの動きでふいに明るい光が射したり、また影を落としたりする。
林光さんが男と女の別れを表すときに共通する何かを感じる。
(極私的の最たる感想です。)
朝が来る、という表現は希望を表すことが多い。
朝が来ない、ということは死を意味していたり、絶望であったり。
だが、2番の「来ないでもいい朝が来る」という表現は、「朝が来ない」よりも深い絶望を感じる。
この曲もまた芝居から離れて、独立したソングとして私は出会った。
私にとってはこの歌も、聞くたびに新鮮で、歌う人によって違う光が差す歌だ。
歌になることを思って書かれた詩の、幸福な姿がこの歌にはあると思う。
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行ってしまったあんた
いってしまったあんたには
この先ずっと朝がない
泥靴の残された片方に
鉛の雨がはてもなく
待って暮らしたあたしには
来ないでもいい朝が来る
つながりの残された片方が
宙ぶらりんにあてもなし
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