【萩京子・極私的作品解説】
石ころの歌
原詩:ソル・チャン・ス、曲:林光
1978年に作曲され、作曲者自身のうたとピアノで初演されたソング。
季刊誌「アジアの胎動」に掲載された詩の原題は「石ころ」。
当然最初はひとつのメロディーのみで2重唱ではなかった。
8分の6拍子の感じを、私はなぜかフォルクローレの影響だと考えてきた。
こんにゃく座では1980年ころから歌っている。
いつのころからか主に男たちが歌ってきた。
だが、聞くところによるとこの詩は、韓国の〇〇工場の女子工員たちの戦いの詩だという。
では女だけで歌ってみよう、というのがこの「朝どれソング」での挑戦。
「朝どれソング・林光編」の幕開き。
極私的イメージ。
「カルメン」のタバコ工場の女たち。
普段は笑ったり喧嘩したりさざめきあっている。
でも、「やるときはやるわよ」という戦いの姿勢です。
石、といえばフェリーニの「道」。
「こんな小石でも何かの役に立っている」・・・忘れられないセリフ。
それは、どんなものでもそこに存在しているだけで良いということ。
巨大な何かにぶちあたって火花となることは捨て石になることではない。
火花という花になることでしょう。
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石ころの歌
眼のある石ころのように
煙霧立ちこめた埃にまみれて彼らは行く
行くべきそこへと
声のある石ころのように
力強い歌うたいながら彼らは行く
行くべきそこへと
山に野に石ころのように
故郷も愛もない石ころのように
山風と夜霜に打たれて
彼らは待ちつづける
来るべきその日々を
力一杯投げつけた石ころのように
やつら目差して衝きあたってゆけば
石ころ全て火花となるのだ
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告別
原詩:エドウィン・カストロ、詩・曲:林光
1976年に三多摩青年合唱団のために作曲された。
ということは初めから二重唱曲だったということですね。
私がはじめてこの曲の楽譜に接したのは、1978年ころ。
なぜかその楽譜は「告別、ハ調」と書かれていて、メロディーは単旋律、歌詞は書かれていなかった。
もちろん光さんの手書き譜ですが、原調より全音下げた調で誰かがソロで歌う際に、急いで書いたものだったのでしょう、きっと。
二重唱だということも、D:durが原調だということも後から知りました。
今回の演奏はC:dur。ハ長調です。
この歌のシンプルな3拍子のピアノ伴奏はとても難しい。
ギターを爪弾くような感じで、弾き語りをするような感じで弾きたいと思います。
それから歌のメロディーのことばの付け方で難しいところがある。
「苦しみは裏口から出てゆき」の「出~てゆ~き」のところ、みんな苦労する。
2番にいたってはもっと大変。
「銃弾も鞭も牢獄の」の「ろう~ごく~の」で緊張してしまう。
「鉄格子」に至ってホッとする始末。
だがホッとする間もなく、「鉄格子ももうないだろう」の「も」と「も」がつながっているところが難しい。
でも、楽譜通りに歌おうとするから、難しいなどという感情が起きるのであって、聞き覚えて歌う感じで歌えば良いということはわかっています。
誰かがメロディーを崩して歌っているのを書きとめた楽譜、という仕掛けだと思うことにしましょう。
ですからこの歌を歌う人は、あまり律儀に楽譜に正確に歌おうとせず、自由に歌うことをお勧めします。
獄中で息子にあてたことば、という重みを、3拍子に乗せて、長調で繰り広げるところがすごいと思います。
ニカラグアの改革派組織「サンディニスタ」のメンバーのひとり、エドウィン・カストロが獄中で書いたことば、と光さん自身が書いていますが、たしか獄中の壁に書いたことばだったと記憶しています。
スペイン語の雑誌「第三世界」に掲載されたということですが、それをヴァイオリニスト、黒沼ユリ子さんが訳して紹介したのだったと思います。
詩の部分が原詩と書かれた歌には、誕生の秘密が隠されていますね。
作曲者がその言葉と出会ったときの、熱量が感じられます。
2番が終わって半音上の調に転調して、
「息子よ 明日はすべてが
変わっているだろう
苦しみは裏口から出て行き……」
音楽は解決せず、希望とも絶望とも名付けられないような終わりのない曲の終わり方です。
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告別
息子よ 明日はすべてが
変わっているだろう
苦しみは裏口から出て行き
二度と戻って来ないだろう
農夫は自分の土地に
しっかり立ってほほえみ
労働者の娘も もう
街角で身を売ることはない
いなか道も 川の流れも
アスファルトの道路も
ニコニコ笑いながら
暮らしを運んで行く
いなか道も 川の流れも
アスファルトの道路も
ニコニコ笑いながら
暮らしを運んで行く
息子よ 明日はすべてが
変わっているだろう
銃弾も鞭も 牢獄の鉄格子も
もうないだろう
お前は息子と手をつなぎ
通りを散歩するだろう
私がお前と一緒に
したくてもできなかったことを
若く楽しい月日を
囚われて暮らすこともなく
遠い異国の土地で
死ぬこともないだろう
愛しあう者たちは
いつも一緒に暮らし
祖国の大地の上で
楽しく眠るだろう
息子よ 明日はすべてが
変わっているだろう
苦しみは裏口から出て行き……
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