【萩京子・作曲ノート】
しあわせはこぶ銀のロバ
詩:いずみ凛、曲:萩京子
オペラ『銀のロバ』の中で、三人兄妹の一番下のココによって歌われる歌。
異国の兵隊(脱走兵)が語るロバにまつわる物語に心を奪われていく姉妹。
妹のココは兵士が大切に持っている銀のロバも愛おしくてならない。
戦争の真っただ中という設定のものがたり。
オーストラリアの児童文学作家、ソーニャ・ハートネットの原作をもとに、いずみ凛さんがオペラ台本にした。
兄妹は脱走兵であるシェパード中尉を故国へ帰す手助けをするのだが、別れが悲しくてココは歌う。
こんなまっすぐな気持ちを歌にするのは、なかなか大変だ。
でも私は、ココの気持ちにすっかり入り込んでしまって、ココになった気持ちで作曲できた。
実は「ココのアリア」と呼ばれている歌が私にはもう1曲ある。
それはオペラ『ロはロボットのロ』の中で、ココという少女がロボットのテトを思って歌う。
夜空に向かって祈るような気持ちで。
こちらもまっすぐな気持ち。
このときも、ココの気持ちに入り込んで作曲できた。
私はココという名前の少女の気持ちに入り込みやすいのだ。
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しあわせはこぶ銀のロバ
幸せ運ぶ 銀のロバ
傷ついた兵隊さんを乗せてきた
森の中で見つけた秘密
心カラコロ転がった
海の向こうへ 銀のロバ
大好きな兵隊さんと行っちゃうの
森の中はまるでからっぽ
心コロコロ落っこちる
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暗い柳の木立のかげ
詩:ベルトルト・ブレヒト、訳:野村修、曲:萩京子
1984年に、野村修さんの翻訳でブレヒトの「愛の詩集」が出版されて、しばらく夢中で読んでいた。
そして、そのなかの詩によるソングを次々に作曲した。
「愛の詩集」という表現は美しいけれど、ブレヒトの詩はロマンチックなものではない。
ブレヒトの男性性が満ち満ちている。
そのひとつが「暗い柳の木立のかげ」。
初演も大石哲史さんだった。
ブレヒトの戯曲全体の印象と、個々の詩から受ける質感が違っていて、それが面白くて仕方なかった。
音楽で演じる楽しみを見つけたような気持ち。
この曲は転調しないことを心掛けた。
そんなことを心掛けたことはほとんどないし、心掛ける必要もなかったのだが、なぜか転調しないで作曲しようと思ったのだった。
少ないコード(和音)で、ということも心掛けた。
「赤い新月がのぼって」というところで、いつも(我ながら?)ゾクッとする。
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暗い柳の木立のかげ
暗い柳の木立のかげ
風は音楽をかなでる、
母親が呼ぶので
むすめは急がせる…
空には雲がながれ
音楽を風は演奏――
もう暗くなったので
むすめはめくらめっぽう。
草のしとねは寒いし
そのうえ濡れてる
だから柳の幹にもたれて
むすめは身をゆだねる。
柳に風が吹くうちにいつか
赤い新月がのぼって――
もう川を流れくだっている
むすめは、身ごもって。
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