【萩京子・極私的作品解説】
花のうた
詩:佐藤信、曲:林光
「花のうた」は林光の代表作と言えるソングのひとつだと思う。
6・15記念シュプレヒコール「ゲバラが髭をそる朝」の劇中歌として、1967年に作曲された。
晶文社から出版されている「林光音楽の本」には楽譜が掲載されていて、そこではタイトルが
花のうた(ゲバラに)
となっている。
6月15日とは?
1960年6月15日、新安保条約批准阻止の行動で、全学連7000人が国会議事堂に突入し、東大生の樺美智子さん(22歳)が死亡した。
理不尽な世の中に異議を申し立て行動した若い命が失われたことへの追悼の歌。
光さんは1960年に「忘れまい六・一五」(詩・八木柊一郎)を作曲している。
また1970年に佐藤信の詩で「ものがたり」も作曲している。「ものがたり」に込められているものも6月15日、樺美智子さんの死だ。わたしたちはそれをどのように受け止め、どのように先へ進んでいくか。
6月15日を主題にこれほど何回ものアプローチを行なっていることからしても、光さんにとって安保闘争がどれだけ大きな問題であったかを知ることができる。
私は、曲の出自を知らなかったころ、「花のうた」は、芝居のなかで歌われた歌だと思っていた。
シンプルだがとてもドラマチックに感じられるので、運動のなかから生まれた歌とは一線を画しているように感じたのである。
初演ののち「歌詞を整理改定してこのかたちに定まった」との記述がある。
あるきっかけでオギャアと生まれた歌が、変態をとげたということか。
佐藤信さんの詩は、暗喩に満ち、無数の状況をイメージすることができる。
自分の身のまわりの小さなできごと、小さなよろこびや悲しみを感じることができる歌になっている。
大石さんの歌唱はパセティックで、胸を打つ。
生前の林光さんが弾き歌いをしたときの印象は、光さんの声が明るいのと、ピアノ演奏がパリッとした感じで、全体が明るかった。南米の空を感じさせるような・・・。
60年代に作曲された多くのソングがそうであるように、「花のうた」もはじめピアノ伴奏譜はついていなかったが、いつのころからか定着した伴奏譜からは、フォルクローレの影響を受けたことが、はっきり見てとれる。
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花のうた
小さな草が 芽をふいた
それからそっと 花つけた
たぶんそいつは 遠い朝
それがぼくらのうただった
ぼくらは いつかそこにいた
ぼくらは いつか見つめてた
春さえくれば 芽をふいた
雨さえ降れば 花つけた
一ばんさむい 冬の夜
一ばんさむい 雪のとき
声にはせずにうたってた
忘れぬために 花のうた
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ぼくがつきをみると
詩:マザーグース/谷川俊太郎、曲:林光
谷川俊太郎訳による「マザーグース」には何曲も作曲されていて、どれもとても魅力がある。
「ぼくがつきをみると」のことばは4行だけ。
さびしさとやさしさ。作曲は1976年。
そのときは単旋律。伴奏もコードだけ。
2重唱になって、すてきなピアノ伴奏譜ができたのが、2003年5月25日。
このピアノ伴奏は奇跡のような透明さ。
71歳の光さんが到達した、月の光のような美しさ。
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ぼくがつきをみると
ぼくがつきをみると
つきもぼくをみる
かみさま つきをおまもりください
かみさま ぼくをおまもりください
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