こんにゃく座と宮澤賢治

◆演出・大石哲史が語る、あれこれ
2016-11-09

(インタビュー/大石哲史:オペラシアターこんにゃく座副代表、歌役者、演出家)

オペラ『想稿・銀河鉄道の夜』2010年こんにゃく座での初演に続き、今回の2017年公演でも演出をつとめる大石哲史にいろいろと語ってもらいました。


●「銀河鉄道の夜」最初の印象
どうしてもジョバンニとカムパネルラの話なので、二人の気持ちがぎゅーっと凝縮していくところがなかなかね…

オペラ『想稿・銀河鉄道の夜』2010年初演時チラシ

―オペラ『想稿・銀河鉄道の夜』のこんにゃく座での初演は2010年世田谷のシアタートラム。この作品をこんにゃく座でやろう、となった時の大石さんの印象は?

大石/名古屋のうた座で初演された作品で、歌唱指導という立場で関わったのが最初。その時は、女性2人で主役のジョバンニとカムパネルラをやることになっていた。演出家も作曲家もいて決めたことだからとは思っていたが、少し離れた立場で見ていた者としては、悪くはないけれど…なにかリアリティーがないかなぁ、という印象が拭えなかった。シーンがなかなか立ち上がってこない…、最初の授業のところとか。どうしてもジョバンニとカムパネルラの話なので、二人の気持ちがぎゅーっと凝縮していくところがなかなかね…見えない、やっぱり、思春期、少年というテーマだと思うんだけど、そのニュアンスが難しいよね。萩さんがこんにゃく座でやろうって言ったときは、ちょっとえーって思った。正直に言うとね。

「銀河鉄道の夜」はなんかね、アンバランス。

―オペラ『想稿・銀河鉄道の夜』は、こんにゃく座賢治オペラ全16作品の中でも15番目に取り組んだ作品。こんなにたくさん宮澤賢治作品をオペラ化してきていて、一般的には最もメジャーな作品なのに、なぜやらなかったんでしょうね?

大石/そんなにたくさん賢治オペラやってきてる?!
そうだなぁ、光さん(林光)もだしてはひっこめって感じだったよね。
「銀河鉄道の夜」という作品にイマイチドラマとしての、構成力というか最後どういう風にまとめていくんだ、ということが難しい作品だなって思っていたからじゃないかな。ゴーシュなんか違って、最後はっきりしているでしょ。又三郎の話もよくでていたんだけれど、長いからどこをしぼって書くかとか難しくって、でもぼくは又三郎はやりたいなって思っていたけど。
「銀河鉄道の夜」はなんかね、アンバランス。こう散らばっている感じがするんだよね。作品として、未完でもあるし、何度も書き直されているしね。

●歌う演出家 全部歌ってみる、そこからわかってくることがある
声に出して読んでみると、めちゃくちゃ面白いんだよね!

―中学2年の大石さんは「銀河鉄道の夜」を読んで、つまらない、あまりピンとこないと言っていたが(オペラ『グスコーブドリの伝記』出演者インタビュー)その印象はあまり変わっていなかったんだ。

大石/もしかしたら、自分で演出したり、歌ったりすると印象が変わるってことはあるかもね。黙読しているときはよくわからないままなんだけどね。特に『シグナルとシグナレス』の時は、本当にそうだったね。つまらないと思ってちょっとバカにしていたのが、3人(大石・萩・竹田)で声に出して読んでみると、めちゃくちゃ面白いんだよね!
あるフレーズを歌っていく時に、気持ちの置き所がどこなんだって、これはどういうことを言いたいのかって、時間かかるけど自分で実際にやっているうちに実感としてわかってくることがあったりする。自分でも歌ったりしてみるとね。

―演出する時も歌ってみるんですね。全部?

大石/そう!自分で演出する時も、音をとって頭っからやっていく。そうしないとわからないじゃん。役になったつもりで声にだすと違うんだよ。

―それって、歌役者でもあり演出家でもある大石さんならではですね!

大石/そうね、他の演出家はやらないでしょ。

*大石哲史演出のこれまでのこんにゃく座作品:
2008年 オペラ『そしてみんなうそをついた〜芥川龍之介「藪の中」による〜』(台本・作曲:林光)
2010年 オペラ『想稿・銀河鉄道の夜』(作曲:萩京子)
2012年 オペラ『森は生きている』(台本・作曲:林光)


オペラ『そしてみんなうそをついた〜芥川龍之介「藪の中」による〜』2008年俳優座劇場

●宮澤賢治作品の面白さ
時々そういうのがなくなってさ、まとめようなんていうのがどうでもよくなるんじゃないかな。

―こんにゃく座でもこんなにたくさん作品をオペラ化した作家は他にいないですよね?宮澤賢治作品の面白さはどこなんでしょう?

大石/やっぱり原文のまま、そのままオペラにしている、まっとうにやっているというのが大きい。賢治という人は、小説家という目で見たら作品もドラマがすごくあるっていうわけでもなく、しかし、丁寧に読んでいくと、にじみ出てくる面白さっていうのかな、情景描写がうまいしね。オノマトペみたいな、言葉がそこにあるっていうか存在感があるっていうのはすごいよね。
賢治の詩、得体のしれないような、ちょっと読んでもわけわからないような詩が彼の頭の片方にあって、物語のようにちゃんとまとめないとならないというのがどっかにあっても、時々そういうのがなくなってさ、まとめようなんていうのがどうでもよくなるんじゃないかな。そこが面白いよ。構成がどうのこうのっていうのでなく、書いていったものがどんどん価値観が変わっていくっていうのかな。今自分にとって一番重要なことが書かれていて、その価値観が変わっていく。だから何回も改作しているのは、どんどん書きたいものが変わっていく。そういう作家なのではないかな。作品を完成させました、こう仕上げましたよっていうのは興味ないんでないかな。

その最たるものが「銀河鉄道の夜」なのでは。

―気持ちが向くままに書いていったらこうなっちゃいましたって感じ?

大石/詩なんかそういうのが多いよね、殴り書きのようなのもあるでしょ。その最たるものが「銀河鉄道の夜」なのではないかな。二人がいろいろ経験していく、銀河鉄道に乗って、いろいろな人に出会うよね、ほとんど生きている人がいないってのも…。

―思いのまま書かれていって、だから終わりがどこにあるのかな…という謎めいた感じが「銀河鉄道の夜」にはあるのでしょうか。でもオペラで音楽になるとそれはわかってくるのかな?

大石/音楽になるとそれは煙に巻かれる。わかるとかわからないとかはどうでもよくなる。音楽の魔法ってやつね!

●好きなシーン
♪みんながめいめい自分の神さまがほんとうの神さまだと言うだろう、けれどもお互いほかの神さまを信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだろう。それからぼくたちの心がいいとかわるいとか議論するだろう。そして勝負がつかないだろう。

―2010年の初演を見た方から「何本も銀河鉄道の夜の舞台を観てきたが、こんにゃく座のを観て初めてあぁこういうことかとわかった」と言われて、すごくうれしかった。どこがそう思わせたのでしょうね?

大石/それは音楽もあるけど、台本の力も大きい。台本になった時に、北村想さんの着眼点が素晴らしい。
最初の宇宙についての授業のところをブラックボックスまで広げていく、最初の入り口の面白さとか、登場人物に血が通っているとか。スパスパ切っていく潔さとか。尼さんのところなんか、うだうだ言っている部分を想さんはパロディーとしてまとめ消化され短く語られた。それはすごく面白いなって。オペラにするということでそうなったのかもしれないけど、ものの見事にわからせてくれた。その力はものすごく大きい。
ただそこにもんくを一個言うと(笑)活版所のところがあんまりない。
「銀河鉄道の夜」について、わけわからないとか言ったけど、好きなシーンは、結構あるんだ。そこは子供のころから強烈に印象に残っている。活版所とジョバンニとおかあさんのところ、最後のカムパネルラのおやじが語るところ。

―それはなんでそんなに印象強かったのでしょうね?

大石/悲しかったんじゃないかな。
カムパネルラの父親が語る部分は、改訂版とかにはなかったりするよね、なんでないんだ!ってそれムカつくんだけど(笑)
カムパネルラに親父がいるんだってことと、息子の死んだ現場にやってきて悲しみをこらえるように語るんだけど、それは全人類に向かって言うように語る。一種の哲学であり、賢治の一番言いたかった事ではないかと思える。「♪みんながめいめい自分の神さまがほんとうの神さまだと言うだろう、けれどもお互いほかの神さまを信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだろう。それからぼくたちの心がいいとかわるいとか議論するだろう。そして勝負がつかないだろう。」っていう、まさに今だってタイムリーなテーマだよね、あそこにドカンときた。オペラでは、カムパネルラに言わせているんだけどね。

あんな教育をしていたらそういうことが起きるんだって、そこまで読んでその視点で書いていた。


オペラ『賢かった三人 洞熊学校卒業生始末』宮澤賢治歌劇場U 1994年

大石/話それるが…、「賢かった3人」なんかは、露骨だよね。批判的なことを過激に書いている、教育に対してとか。そのへんの先見の目があったよね。新しい宗教を作って人を食い殺すっていうことを書いている。あの事件(地下鉄サリン事件)が起こるなんて賢治の時代からは思いもよらないはずでしょ。あの時代にすでに予言していた。あんな教育をしていたらそういうことが起きるんだって、そこまで読んでその視点で書いていた。凄い人だと思う。

―なんなんでしょうね、賢治にはそういうことをキャッチする力があったんでしょうかね。それか、そういう闇が人間には普遍的にあるのを見抜いていたのか…。

ワクワクするのは、ジョバンニとお母さんのシーンかな。


オペラ『想稿・銀河鉄道の夜』2010年シアタートラム ジョバンニ:島田大翼

― 一番ワクワクするのはどのシーンだった?

大石/ジョバンニとお母さんのシーンかな。ワクワクするのは、やってる大翼(島田大翼)もそうなのかもしれないけど、見えない母親がどういう返事をしたかとか、どこまでそれにジョバンニが傷ついたり、自分の表情を見られないようにしたかとか。そういうところを組み立てて創っていった。音楽もいいしね。

―原作にはお母さんのセリフが細かくあるのだけれど、北村想さんの台本では言葉はなかった。オペラでは、それが音楽になって、お母さんの返事として聞こえてくる、本当にあのシーンは見事だなって思います。

大石/稽古もすごく時間をかけて創ったシーン。すごく重要なシーンだったからね。本当に食べてみようということから始めたような気がする。自分でも歌いながら、大翼にもいろいろもんく言ったかな。自分が歌ったらどうかではなくて、その人がどう歌えば面白いかなってことだけを考えてね。大翼の普段の何を考えているかちょっとわからないような部分を持っている、それがあのジョバンニにはとても生きている。

●再演するにあたって
海の底に沈んでいる心とかが、想念が空中に浮遊している感じ、ふっと浮いている感じになるといいなぁって。

―2010年のシアタートラムから、今回の2017年2月パブリックシアター、そして3月の旅公演と、会場条件がずいぶん変わりますね。どんな感じにしたいと思いますか?

大石/初演の時は、シアタートラムを下見に行ったら、たまたま劇場が客席より舞台面が下がった状態で、客席から見下ろす感じで、そこからすぐにイメージが広がった。底に背景とかが見えるようにしたら面白いなぁって。それが今回プロセニアムの劇場になった時に、それを空中に作るっていうのかな。海の底に沈んでいる心とかが、想念が空中に浮遊している感じに、天使の輪っかがふっと浮いている感じ、になるといいなぁって。

―そういえばスタッフ打ち合わせの時に、大石さん、浮遊したイメージ、ということを言ってましたね。

大石/初演のシアタートラムで縦長に創ったもの(縦長の舞台を上から見下ろすように向かい合った客席がある特殊な形態)が、今回の劇場は横(いわゆる一般的な劇場で正面から舞台をみる形態)だからね。そこがね、いま悩んでいるところ…。

―前に『想稿・銀河鉄道の夜』は、音楽を聞かせたいって、言っていましたが…

大石/楽士のいる場所がね、重要なんだよね。初演の時は、縦長で、なんかね、神社のお供え物みたいな(笑)、長い道の向こうに音楽の神様が3人がいて、向こうで好き勝手に音楽を弾いていてその前で芝居をやっているってイメージがあった。楽士の登場も長い道を歩かせて登場させたんだよね。オペラの道案内的な役割もあったりね。今回は…

●やりたい役

―最後に、自分が出演するとしたらどの役がやりたいですか?

大石/僕は鳥捕りですね!あの人のわけわからん言葉が好きだった。一回消えて飛んで行って、向こうの方で鳥をとって、またすぐ戻って来てって、あのシーンは大変面白いんだよね。あっちの原っぱで作業しているあのシーン、一番好きなんだけどな…、オペラにはないけどね(笑)


オペラ『想稿・銀河鉄道の夜』2010年シアタートラム 鳥捕り:川鍋節雄

―ジョバンニとカンパネルラだったらどっち?

大石/そりゃ、ジョバンニだな。

(聞き手・忠地あずみ/こんにゃく座制作)