こんにゃく座と宮澤賢治
◆オペラ『グスコーブドリの伝記』出演者インタビュー その9 富山直人 2016-09-07
◆こんにゃく座に入ったきっかけ
富山/そもそも大阪から東京に出てきたのは19歳の時。姉ちゃんが埼玉に引っ越して、1人で住むには部屋が広いのでこっちに来ないか、みたいな話になって。それでこっちに来てはじめたのが飲食の仕事で、それからずっと飲食関係をやっていたのね。バーテンを10年間やって30歳になった時、なんだか違うことがしたくなってきたわけ。お客さんと話しをしたり、お客さんを見て、こういうお酒はどうですかって出して喜んでくれたりっていうのが嬉しくって、何か自分で表現するってことにすごく興味を持ったわけ。
たまたまよく行っていたジャズ喫茶の常連さんに役者さんがいて、その人に「黒テントっておもしろいよ」って言われて観に行って、送られてきたDMに「黒テント俳優基礎学校」の案内が入っていたの。学歴、国籍、年齢、性別、宗教だったかな、とにかく不問って書いてあって、これだったら自分にもできるかなと思って、試験受けたら受かった。
学校で歌の先生が大石さんだったわけ。こんにゃく座のことは知らなかったんだけど、授業でソングを初めて歌って。その当時池袋で酒屋の配達のアルバイトをしていたんだけど、大声で歌える場所って酒屋と家の行き帰りでバイクに乗っている時だけだったのね。「暗い柳の木立ちのかげ」をね、夜9時か10時くらいに川越街道でバイク乗りながら歌っていたわけ。そうしたらなんだかふと泣けたんだよね。その時に、あ、歌って分かる歌ってあるんだ、って、すごく感動して。それまで音楽はジャンル問わずいっぱい聞いてきて、音楽って聞いてわかるもんだと思ってたから。こんにゃく座に入座したのはその時の経験が大きかったな。
こんにゃく座を初めて見たのは、『ガリバー』で、その次に『金色夜叉』。その時の『金色〜』が良かったの。こんなことやってみたいけど、でも自分には無理だろうなってはなから諦めてた。
そうしたら大石さんから、オーディション受けてみないか?って言われて。それで、あれ、なに?ひょっとして才能があるってこと?って勘違いして(笑)。黒テントに残ろうかなとも思っていたんだけど、やっぱりこんにゃく座やりたい! って思ったんだよね、その時。せっかく声をかけてもらったし、今回だめでも一年勉強してまた受けようとまで思ったの。そうしたら運良く受かって。
音楽は本当にいろいろ聞いていて、特にフランク・ザッパ(1940-1993。アメリカのミュージシャン)がすごい好きで。ザッパ聞いていたから、こんにゃく座の音楽にそんなに違和感がなかったっていうのがあるんだよね。難しいリズムとか、あ、こういうことね、って反応できたのは、ザッパ聞いてきたことがすごく大きいって本当に思う。だからこんにゃく座に入りたい人は試しに一度ザッパを聞いてみたらどうでしょう? アルバムは全部で80タイトルくらいありますが…。
◆宮澤賢治作品との出会い
富山/「永訣の朝」とか高校の教科書で出会ったくらいかな。自分から選んで賢治を読むことはあまりなかったね。
黒テントの学校で朗読の時間に「北守将軍と三人兄弟の医者」をやったの。その時に賢治のものをいろいろと読んだ。でも、賢治ってそんなにおもしろいかな、ていう思いがあった。肌触りがちょっと違うというか、文章がすんなり読めない感じがしたんだよね。でも賢治の文章は、かなり細かく書いてあるところもあるけど隙間もあるから、読んでいる人に想像させる余地があるな、と思った。
『フィガロの結婚』の旅公演で東北に行った時、打ち上げの帰りだったかな、久ちゃん(佐藤久司)と僕とヴァイオリンの百子さん(山田百子さん。こんにゃく座にもたびたび出演していただいているヴァイオリニスト)とたまたま本屋さんに入ったのね。3人でそれぞれ一冊選んでお互いにプレゼントしよう、ってことになって、その時に百子さんが僕に選んでくれたのが賢治の本。百子さんが好きな話が入ってるって言ってくれたんだけど、その好きな話っていうのが「グスコーブドリの伝記」だった。
◆オペラ『グスコーブドリの伝記』
─その時にブドリは読んだんだね。
富山/そう。でも実はその時は、なるほど、そうですか、ぐらいにしか思わなかった。
でも今回やるってことになって読んでみると、やっぱりなんだか違うね。昨日も読んだんだけど、最後とかうっかりすると泣いてしまうんだよね。
インターネットでみかけた言葉なんだけど、ブドリは「あきらめない人だ」ていうのがあって。それを見て、腑に落ちるところがあった。そしてそのことは、いまの社会とも通じていて、何があってもあきらめない、歩みを止めないことが大事なのかなって思うんだよね。
この物語は、ざっくりしすぎた言い方すると、みんなのために命を捧げる話なんだけど、でもそれはたまたま結果がそうであっただけで、他の人のためにっていうよりも、ブドリには思いだしたくもないような経験があって、二度とこういうことはいやだって思ったことの結果だったんだと思うんだよね。
昔の話、とか、どこか違う国の話、っていうのではなく、いまから80年以上も前に賢治が書いたこの物語、時間も場所も今こことは違うけど、それぞれ自分の中のブドリやブドリのような何かを見つけてもらえたらいいなって思う。
(聞き手・田上ナナ子/こんにゃく座制作)