こんにゃく座と宮澤賢治
◆宮澤賢治歌劇場(作曲・林光、萩京子、吉川和夫) 2016-06-22
【宮澤賢治歌劇場】
オペラ『猫の事務所』、オペラ『北守将軍と三人兄弟の医者』(作曲・萩京子)・1992年初演
─こんにゃく座のオペラ群のなかに、宮澤賢治歌劇場というシリーズがあります。1992年に公演した歌劇場T(注・公演当時は、「宮澤賢治歌劇場」という名前で、「T」はついていなかった)から2005年のXまでやってきました。
萩/これは、「賢治の小品をひとつふたついろんな組み合わせでやってみる“宮澤賢治歌劇場”という発想、おもしろいよね」って光さんとも一緒に話して、それがきっかけでスタートしました。それから、当時(1990年代初頭)渋谷にあったジァン・ジァン(渋谷の山手教会地下にあった小劇場)という空間にも魅力を感じていて、ここで何かやりたいと思ったことも大きいかな。
─歌劇場Tは、『猫の事務所』と『北守将軍と三人兄弟の医者』の二本立てでやったわけだけど、このふたつの作品を選んだのは、萩さん?
萩/そうだったと思う。 当時大石さんが、ピアノも使わないで、歌だけで表現するオペラをやりたい、って言い続けていたんだけど、そんなの無理だよ、っていうやりとりが何年かあったわけ。でも「北守〜」だったらば、ピアノを使わないことがイメージできるかな、ということを感じた。それともうひとつ、これを男性だけでやってみたい、という思いもあって。でも結局、当時はそんなに男性がいなかったから無理だった(笑)。
女性はたくさんいたから、女性だけでやる『猫の事務所』は誕生したわけだけど、これには、“男の出演者がいないことがマイナスにならない作品”をつくりたい、という思いがあったな。
─稽古場の様子はどうでしたか。作曲の進行具合とか…。
萩/この当時は、座全体がちょっとがたがたしていた時期で、大変な時期だったのね。公演が実現したのには、ちょうどその5年くらい前から、一緒に何かやりましょうよ、って言っていた元さん(山元清多さん)が、初めて演出を引き受けてくれたことが大きかったかな。
作曲の進行具合というのは、これはいつもよりも激しくひどくって(笑)。たしか稽古初日に顔合わせがあったんだけど、その時点でできていた曲は、『北守〜』が楽譜にして2・3枚あったかどうか、という感じ。それで、「『北守〜』からつくりますから、『猫〜』はもしかしたら……」とかって言ったら、元さんは「じゃあ、猫のほうは芝居でやればいいじゃないか」て言って(笑)。猫に出るメンバーは、ざーっとなっていたよね。
─『北守〜』はピアノすらなく、打楽器を出演者みんなが叩きながらやるよね。
萩/歌うことと、楽器を演奏することが未分化なオペラを目指してつくったからね。演奏者をおかない。ただ、できあがった楽譜を見ただけでは、歌う人の他に専門の打楽器奏者が器楽の部分を担当すればいいって読めちゃうんだよね。だから「絶対歌う人が叩かねばならぬ」とか楽譜に書き残したらいいのかな。
─『猫の事務所』はその後、男たちだけでやるバージョンも生まれたよね。
萩/そう。井村くん(井村タカオ)が主体になって。最初はうた会(※1)でやられたんだよね。それはもう、もんのすごいおもしろかった。それでそれを本公演でやろうってことになって、2000年の「注文の多い歌劇場」と2001年の「うたう男たち」での公演に繋がっていったんだね。当時、井村くんを筆頭に、イキが良い若い男性陣のひとつの世代が生まれてきていて、この人たちを前面に押し出そうっていう狙いがあったんだよね。
【宮澤賢治歌劇場U】
抒情幻想劇『ひのきとひなげし』、オペラ『賢かった三人』洞熊学校卒業生始末(作曲・林光)・1994年
『ひのきとひなげし』舞台写真
『賢かった三人』舞台写真
─そして、宮澤賢治歌劇場U。
萩/『賢かった三人』は、1993年にベニサン・ピットでやった《こんにゃく座 夏のオペラ絵日記》の自由企画の中で竹田恵子さんが持ってきて、光さんに作曲してくださいって頼んでできた作品。その時は全部ではなくて、蜘蛛のシーンを中心に30分弱くらいだったのかな、恵子さん、大石さん、岡原(岡原真弓)と私の4人でやったわけ。これがまぁたいへんおもしろかったので、ちゃんと全編をつくって、正式にやりましょうっていうことで、翌年、歌劇場Uとして公演した。 それでもう一本の『ひのきとひなげし』は、こんにゃく座以外のところでやったことがあって、まったくの新作ではなかった。
─歌劇場Uの特徴的なことはありますか。
萩/この歌劇場Uというのは、光さんが、宮澤賢治のことばをそのままやるのではない方向を目指して、賢治の戯曲化に挑んだわけだね。『賢かった三人』には、学校教育とか、宗教に対する考え方とか、林光の思想を全面的に盛り込んで、脚色した感じになったかな。
そもそも歌劇場というシリーズは、光さんにとって、本公演とはいえ本公演ではないという気分があるのよ。少し違う位置づけなんだな。
─萩さんにもそれはあるの?
萩/うん。ちょっと遊べる、という、少し楽な位置にあったような気がする。だから、Uでは、わりとやりたい放題光さんもやったと思うし、元さんもいつも自分の演出する立ち位置とは少し違って、遊び心満載っていうか。舞台装置もゴテゴテのベカベカでね(笑)。
─あずみさん(忠地あずみ。制作座員)が入座した年ひとつめの公演で、衣裳とかもびっくりしたって言ってたよね。
萩/びっくりする、びっくりする。すごいね、グロかった。
でもおもしろいよね。もうイヤだなー、と思うけど、エネルギーあるんだよね。そうなっちゃいけないと思いながらも、いまはすこ〜し保守的になってしまっているからね。あの当時だからできた。いまだと、こういう破天荒な企画を、私がつぶしちゃうもんね(笑)。
【宮澤賢治歌劇場V】
オペラ『フランドン農学校の豚』、オペラ『虔十公園林』(作曲・吉川和夫)・1999年初演
『フランドン農学校の豚』舞台写真
『虔十公園林』舞台写真
─そして、歌劇場Vです。
萩/吉川さん(吉川和夫さん)の作品をこんにゃく座でやろう、という話はだいぶ前からあった。吉川さんは、そもそも私と大学の同級生ということもあって、こんにゃく座を観て応援してくれていてね。彼の大学院修了作品が、井上ひさしの戯曲で、モリエールの「守銭奴」を元にした「金壺親父恋達引」で、その頃私がちょうどこんにゃく座に関わりはじめた頃だったから、じゃあこれをこんにゃく座でやったらいいんじゃないか、というような話もあったんだけど、それは実現にはいたらなかった。
それで何年か時間が経って、いよいよ吉川作品を具体的に進めよう、ということになっていろいろと題材を検討したわけ。いくつか題材を持ち寄ってはああでもないこうでもない、という期間がずいぶんあり、最終的に吉川さんが、こんにゃく座でやるなら、やっぱり賢治ものがいいんじゃないか、と言って「虔十公園林」と「フランドン農学校の豚」の二作品持って来たわけ。
私なんかは、両方とも自分が作曲してもいいなと思う範疇の作品だったから、変な気持ちだった。もちろん、「おもしろくない」と思うような作品は賛成もできないんだけど、逆に「おもしろい」と思うような作品は、自分で作曲したいし、っていう感じでね。最終的には、まぁ、しょうがないゆずってあげよう(笑)。
─林さん、萩さんという二人の座付作曲家以外の作曲家に、オペラを書下ろしてもらうのは、この時の吉川さんが初めてだったんだよね。稽古場でみんなはどうだったのかな。
萩/吉川さんのことばのつけ方が、独特でね、音にするときに。それと、光さんもある程度演劇的なスピード感みたいなもの、ある芝居のテンポを持っているし、私の場合はどちらかというとそれを重視して作曲するけれども、吉川さんはわりと時間軸が長い、という感じがした。
吉川さんが意外なメロディーや意外なリズムで来るんで、稽古場では新鮮だったんじゃないかな。
─作曲は比較的スムーズに進んだの。
萩/最初から一気に出たわけではなかったと思う。二作品が、平行してたかな。片方が終わってから次にとりかかるということじゃなかったような気がする。
かなり作曲に苦しんでたよね。ちょうどひとつ前の2月公演が『ロはロボットのロ』の初演だったでしょ。それを観てくれてね「ロボットは楽しかった。いいな〜、いいな〜、楽しい作品で」とか言ったり、豚の悲しみにうちひしがれたり、「夕ご飯にとんかつが出てきてしまった」とか言ったりね、泣き言いいながら書いてました(笑)。
─こんにゃく座では、器楽編成は作曲家と相談しながら決めていくんだけど、この時は二つの作品で編成が違っていたんだね。
萩/そうそう。『虔十公園林』は、ピアノとヴァイオリンとチェロで、いわゆる「ピアノトリオ」というクラシックの正当なまとまった音の編成でね、『フランドン〜』は、ピアノがあってチェロとコントラバスだから、ヘンテコリンな編成でおもしろかった。これはひねった編成だったよね。
【宮澤賢治歌劇場W】
オペラ『注文の多い料理店』、オペラ『北守将軍と三人兄弟の医者』(作曲・萩京子)・2004年
『注文の多い料理店』舞台写真
『北守将軍と三人兄弟の医者』舞台写真
─歌劇場Wは、賢治作品のなかでも有名な「注文の多い料理店」と、『北守〜』の再演という組み合わせになりました。 「注文〜」は、1985年に黒テントが公演した「宮澤賢治第弐旅行記」の中で萩さんが音楽を担当して歌付きの音楽劇として公演していて、その後2001年に合唱団じゃがいも(※2)で合唱劇として公演した、という経緯があって。
萩/歌劇場では、いろいろな作品の組み合わせをやろうとしていて、林作品、萩作品を組み合わせたり、新作と旧作を組み合わせたり、という思いもあったんだけど、実際は以前に公演した時の演出家が違っていたりとかで、組み合わせていくのもなかなか難しいんだよね。気楽にさ、これとこれを二本立てでやりたい、とかって思うけど、なかなかそうはいかないっていうことがありまして。
この時にこの組み合わせになったのは、『注文〜』については、今後、旅公演にまわっていく作品を生み出す必要があったのと、『北守〜』も長いこと再演していなかったから、新しいメンバーでやってみたいな、ということだったかな。
─『注文〜』もピアノがなく、アコーディオンが主になるオペラで。
萩/そう。ピアノとは違う、アコーディオンの表現というのをやってみたかった。ピアノがなきゃ、ピアノがなきゃ、というのがずっとこんにゃく座ではあるから、ピアノがないところでもやれる、というものをつくりたいと思った。 ピアノは、どんなに工夫して努力しても一回出した音はそれ以上大きくならない、消えていくしかない音なんだけど、アコーディオンは出した音が膨らんだり、のびたりできる魅力があるから、アコーディオンを使ってピアノとは違う音のおもしろさが出る、と思って。
─『注文〜』はその後、一部を歌のステージとして、林さん、萩さんのソングや合唱を歌うコンサート形式にして、二部がオペラという組み合わせで、旅にまわりましたね。全国の小学校、子ども劇場なんかで。
萩/ずいぶん、旅したよね。2006年から2009年まで160ステージ以上!
【宮澤賢治歌劇場X】
オペラ『鹿踊りのはじまり』、即興幻想曲『耕耘部の時計』(作曲・林光)・2005年
『鹿踊りのはじまり』舞台写真
『耕耘部の時計』舞台写真
─それで、歌劇場Xが、『鹿踊りのはじまり』と『耕耘部の時計』。
萩/「鹿踊りのはじまり」をやりましょうということになって、もう一作品は光さんが持って来たんだけど、「耕耘部の時計」は、聞いた時その場にいた誰も知らなかったよね。
『ひのきとひなげし』の時もそうだけど、光さん、オペラって言わないんだよね。『ひのき〜』は抒情幻想劇、『耕耘部〜』は即興幻想曲。こういうのを光さんがくっつけるときはおもしろいよね。オペラとはちょっと違う、ていう態度なんだろうね。
─『耕耘部の時計』は上演時間わずか20分。休憩になって客席が明るくなっても、お客さんはぽかんとしていたよね。キツネにつままれた感じ?
Vの時も器楽編成の話をしましたけど、Xでは、林さんもピアノ無しで、クラリネットとヴァイオリンとアコーディオンとパーカッションという編成で。
萩/これまでも、座員がアコーディオンとか電気ピアノを使って演奏して、ピアノを使わないというのはあったけれど、外部のプロの演奏家が入っていてピアノを使わないっていうのは、光さんもこんにゃく座ではこれが初めてかな。ピアノを使わない表現っていうのは、おもしろいと思ったんだろうね。
窓子(萩窓子さん。萩京子の妹)がパーカッションで出演したんだけど、パーカッションの部分は、譜面にちゃんと書いてあるところもあるし、演奏者におまかせの部分もいっぱいあって、それで窓子も工夫してね、音楽的なことだけじゃなくてノイズ的なこととかも取り入れて。光さんはおもしろがっていたよね。
それと『鹿踊り〜』では、音が無くなっちゃうところを作ったじゃない。振付は、山田うんさんで、うんさんとのはじまりだったわけだけど…
─そうそう! 鹿踊りのはじまりは、うんさんとのはじまり(笑)!
萩/事前にワークショップをやったりして、おもしろかったね。
─あの無音のところって楽譜はどうなっていたんだっけ。楽譜に無音が書いてあったんだっけ。音が消えて、動きだけが繋がって行く。
萩/稽古場での工夫だったんだよね。光さんの場合はそれがもうひとつあってさ、「藪の中」(『そしてみんなうそをついた』〜芥川龍之介「藪の中」による〜2008年初演)の時ね。
─そうだそうだ、手込めのところ
萩/そうそう、無音の効果でね。良かったよね。無音を作曲した作曲家!
歌劇場Xは、衣裳も照明も舞台美術もとても美しいよね。写真を見ても、ぱっと思いだしてもそういう印象が強くある。それまでの賢治歌劇場ていうのは、いわゆる本公演は本公演なんだけど、少し気軽に取り組める公演というところでスタートしていたから予算のかけ方も少しおさえたところであったんだけど、Xは立派にやりましたね。
※1…うた会とは・・・年一回おこなわれ、こんにゃく座の歌役者が全員出演する、いま自分が歌いたいうたを歌う会。
※2…合唱団じゃがいもは、山形県を拠点に活動する混声合唱団。→Webサイト
【宮澤賢治歌劇場関連商品】
CD「オペラ『北守将軍と三人兄弟の医者』」
こんにゃく座販売価格\3,100(税込)
CD「夢へ オペラシアターこんにゃく座林光追悼コンサート」
こんにゃく座販売価格\3,200(税込)
オペラ『鹿踊りのはじまり』から、「お日さんに」を収録。2012年12月28日コンサートライブ録音版。
萩/これは、「賢治の小品をひとつふたついろんな組み合わせでやってみる“宮澤賢治歌劇場”という発想、おもしろいよね」って光さんとも一緒に話して、それがきっかけでスタートしました。それから、当時(1990年代初頭)渋谷にあったジァン・ジァン(渋谷の山手教会地下にあった小劇場)という空間にも魅力を感じていて、ここで何かやりたいと思ったことも大きいかな。
─歌劇場Tは、『猫の事務所』と『北守将軍と三人兄弟の医者』の二本立てでやったわけだけど、このふたつの作品を選んだのは、萩さん?
萩/そうだったと思う。 当時大石さんが、ピアノも使わないで、歌だけで表現するオペラをやりたい、って言い続けていたんだけど、そんなの無理だよ、っていうやりとりが何年かあったわけ。でも「北守〜」だったらば、ピアノを使わないことがイメージできるかな、ということを感じた。それともうひとつ、これを男性だけでやってみたい、という思いもあって。でも結局、当時はそんなに男性がいなかったから無理だった(笑)。
女性はたくさんいたから、女性だけでやる『猫の事務所』は誕生したわけだけど、これには、“男の出演者がいないことがマイナスにならない作品”をつくりたい、という思いがあったな。
─稽古場の様子はどうでしたか。作曲の進行具合とか…。
萩/この当時は、座全体がちょっとがたがたしていた時期で、大変な時期だったのね。公演が実現したのには、ちょうどその5年くらい前から、一緒に何かやりましょうよ、って言っていた元さん(山元清多さん)が、初めて演出を引き受けてくれたことが大きかったかな。
作曲の進行具合というのは、これはいつもよりも激しくひどくって(笑)。たしか稽古初日に顔合わせがあったんだけど、その時点でできていた曲は、『北守〜』が楽譜にして2・3枚あったかどうか、という感じ。それで、「『北守〜』からつくりますから、『猫〜』はもしかしたら……」とかって言ったら、元さんは「じゃあ、猫のほうは芝居でやればいいじゃないか」て言って(笑)。猫に出るメンバーは、ざーっとなっていたよね。
─『北守〜』はピアノすらなく、打楽器を出演者みんなが叩きながらやるよね。
萩/歌うことと、楽器を演奏することが未分化なオペラを目指してつくったからね。演奏者をおかない。ただ、できあがった楽譜を見ただけでは、歌う人の他に専門の打楽器奏者が器楽の部分を担当すればいいって読めちゃうんだよね。だから「絶対歌う人が叩かねばならぬ」とか楽譜に書き残したらいいのかな。
─『猫の事務所』はその後、男たちだけでやるバージョンも生まれたよね。
萩/そう。井村くん(井村タカオ)が主体になって。最初はうた会(※1)でやられたんだよね。それはもう、もんのすごいおもしろかった。それでそれを本公演でやろうってことになって、2000年の「注文の多い歌劇場」と2001年の「うたう男たち」での公演に繋がっていったんだね。当時、井村くんを筆頭に、イキが良い若い男性陣のひとつの世代が生まれてきていて、この人たちを前面に押し出そうっていう狙いがあったんだよね。
【宮澤賢治歌劇場U】
抒情幻想劇『ひのきとひなげし』、オペラ『賢かった三人』洞熊学校卒業生始末(作曲・林光)・1994年
─そして、宮澤賢治歌劇場U。
萩/『賢かった三人』は、1993年にベニサン・ピットでやった《こんにゃく座 夏のオペラ絵日記》の自由企画の中で竹田恵子さんが持ってきて、光さんに作曲してくださいって頼んでできた作品。その時は全部ではなくて、蜘蛛のシーンを中心に30分弱くらいだったのかな、恵子さん、大石さん、岡原(岡原真弓)と私の4人でやったわけ。これがまぁたいへんおもしろかったので、ちゃんと全編をつくって、正式にやりましょうっていうことで、翌年、歌劇場Uとして公演した。 それでもう一本の『ひのきとひなげし』は、こんにゃく座以外のところでやったことがあって、まったくの新作ではなかった。
─歌劇場Uの特徴的なことはありますか。
萩/この歌劇場Uというのは、光さんが、宮澤賢治のことばをそのままやるのではない方向を目指して、賢治の戯曲化に挑んだわけだね。『賢かった三人』には、学校教育とか、宗教に対する考え方とか、林光の思想を全面的に盛り込んで、脚色した感じになったかな。
そもそも歌劇場というシリーズは、光さんにとって、本公演とはいえ本公演ではないという気分があるのよ。少し違う位置づけなんだな。
─萩さんにもそれはあるの?
萩/うん。ちょっと遊べる、という、少し楽な位置にあったような気がする。だから、Uでは、わりとやりたい放題光さんもやったと思うし、元さんもいつも自分の演出する立ち位置とは少し違って、遊び心満載っていうか。舞台装置もゴテゴテのベカベカでね(笑)。
─あずみさん(忠地あずみ。制作座員)が入座した年ひとつめの公演で、衣裳とかもびっくりしたって言ってたよね。
萩/びっくりする、びっくりする。すごいね、グロかった。
でもおもしろいよね。もうイヤだなー、と思うけど、エネルギーあるんだよね。そうなっちゃいけないと思いながらも、いまはすこ〜し保守的になってしまっているからね。あの当時だからできた。いまだと、こういう破天荒な企画を、私がつぶしちゃうもんね(笑)。
【宮澤賢治歌劇場V】
オペラ『フランドン農学校の豚』、オペラ『虔十公園林』(作曲・吉川和夫)・1999年初演
─そして、歌劇場Vです。
萩/吉川さん(吉川和夫さん)の作品をこんにゃく座でやろう、という話はだいぶ前からあった。吉川さんは、そもそも私と大学の同級生ということもあって、こんにゃく座を観て応援してくれていてね。彼の大学院修了作品が、井上ひさしの戯曲で、モリエールの「守銭奴」を元にした「金壺親父恋達引」で、その頃私がちょうどこんにゃく座に関わりはじめた頃だったから、じゃあこれをこんにゃく座でやったらいいんじゃないか、というような話もあったんだけど、それは実現にはいたらなかった。
それで何年か時間が経って、いよいよ吉川作品を具体的に進めよう、ということになっていろいろと題材を検討したわけ。いくつか題材を持ち寄ってはああでもないこうでもない、という期間がずいぶんあり、最終的に吉川さんが、こんにゃく座でやるなら、やっぱり賢治ものがいいんじゃないか、と言って「虔十公園林」と「フランドン農学校の豚」の二作品持って来たわけ。
私なんかは、両方とも自分が作曲してもいいなと思う範疇の作品だったから、変な気持ちだった。もちろん、「おもしろくない」と思うような作品は賛成もできないんだけど、逆に「おもしろい」と思うような作品は、自分で作曲したいし、っていう感じでね。最終的には、まぁ、しょうがないゆずってあげよう(笑)。
─林さん、萩さんという二人の座付作曲家以外の作曲家に、オペラを書下ろしてもらうのは、この時の吉川さんが初めてだったんだよね。稽古場でみんなはどうだったのかな。
萩/吉川さんのことばのつけ方が、独特でね、音にするときに。それと、光さんもある程度演劇的なスピード感みたいなもの、ある芝居のテンポを持っているし、私の場合はどちらかというとそれを重視して作曲するけれども、吉川さんはわりと時間軸が長い、という感じがした。
吉川さんが意外なメロディーや意外なリズムで来るんで、稽古場では新鮮だったんじゃないかな。
─作曲は比較的スムーズに進んだの。
萩/最初から一気に出たわけではなかったと思う。二作品が、平行してたかな。片方が終わってから次にとりかかるということじゃなかったような気がする。
かなり作曲に苦しんでたよね。ちょうどひとつ前の2月公演が『ロはロボットのロ』の初演だったでしょ。それを観てくれてね「ロボットは楽しかった。いいな〜、いいな〜、楽しい作品で」とか言ったり、豚の悲しみにうちひしがれたり、「夕ご飯にとんかつが出てきてしまった」とか言ったりね、泣き言いいながら書いてました(笑)。
─こんにゃく座では、器楽編成は作曲家と相談しながら決めていくんだけど、この時は二つの作品で編成が違っていたんだね。
萩/そうそう。『虔十公園林』は、ピアノとヴァイオリンとチェロで、いわゆる「ピアノトリオ」というクラシックの正当なまとまった音の編成でね、『フランドン〜』は、ピアノがあってチェロとコントラバスだから、ヘンテコリンな編成でおもしろかった。これはひねった編成だったよね。
【宮澤賢治歌劇場W】
オペラ『注文の多い料理店』、オペラ『北守将軍と三人兄弟の医者』(作曲・萩京子)・2004年
─歌劇場Wは、賢治作品のなかでも有名な「注文の多い料理店」と、『北守〜』の再演という組み合わせになりました。 「注文〜」は、1985年に黒テントが公演した「宮澤賢治第弐旅行記」の中で萩さんが音楽を担当して歌付きの音楽劇として公演していて、その後2001年に合唱団じゃがいも(※2)で合唱劇として公演した、という経緯があって。
萩/歌劇場では、いろいろな作品の組み合わせをやろうとしていて、林作品、萩作品を組み合わせたり、新作と旧作を組み合わせたり、という思いもあったんだけど、実際は以前に公演した時の演出家が違っていたりとかで、組み合わせていくのもなかなか難しいんだよね。気楽にさ、これとこれを二本立てでやりたい、とかって思うけど、なかなかそうはいかないっていうことがありまして。
この時にこの組み合わせになったのは、『注文〜』については、今後、旅公演にまわっていく作品を生み出す必要があったのと、『北守〜』も長いこと再演していなかったから、新しいメンバーでやってみたいな、ということだったかな。
─『注文〜』もピアノがなく、アコーディオンが主になるオペラで。
萩/そう。ピアノとは違う、アコーディオンの表現というのをやってみたかった。ピアノがなきゃ、ピアノがなきゃ、というのがずっとこんにゃく座ではあるから、ピアノがないところでもやれる、というものをつくりたいと思った。 ピアノは、どんなに工夫して努力しても一回出した音はそれ以上大きくならない、消えていくしかない音なんだけど、アコーディオンは出した音が膨らんだり、のびたりできる魅力があるから、アコーディオンを使ってピアノとは違う音のおもしろさが出る、と思って。
─『注文〜』はその後、一部を歌のステージとして、林さん、萩さんのソングや合唱を歌うコンサート形式にして、二部がオペラという組み合わせで、旅にまわりましたね。全国の小学校、子ども劇場なんかで。
萩/ずいぶん、旅したよね。2006年から2009年まで160ステージ以上!
【宮澤賢治歌劇場X】
オペラ『鹿踊りのはじまり』、即興幻想曲『耕耘部の時計』(作曲・林光)・2005年
─それで、歌劇場Xが、『鹿踊りのはじまり』と『耕耘部の時計』。
萩/「鹿踊りのはじまり」をやりましょうということになって、もう一作品は光さんが持って来たんだけど、「耕耘部の時計」は、聞いた時その場にいた誰も知らなかったよね。
『ひのきとひなげし』の時もそうだけど、光さん、オペラって言わないんだよね。『ひのき〜』は抒情幻想劇、『耕耘部〜』は即興幻想曲。こういうのを光さんがくっつけるときはおもしろいよね。オペラとはちょっと違う、ていう態度なんだろうね。
─『耕耘部の時計』は上演時間わずか20分。休憩になって客席が明るくなっても、お客さんはぽかんとしていたよね。キツネにつままれた感じ?
Vの時も器楽編成の話をしましたけど、Xでは、林さんもピアノ無しで、クラリネットとヴァイオリンとアコーディオンとパーカッションという編成で。
萩/これまでも、座員がアコーディオンとか電気ピアノを使って演奏して、ピアノを使わないというのはあったけれど、外部のプロの演奏家が入っていてピアノを使わないっていうのは、光さんもこんにゃく座ではこれが初めてかな。ピアノを使わない表現っていうのは、おもしろいと思ったんだろうね。
窓子(萩窓子さん。萩京子の妹)がパーカッションで出演したんだけど、パーカッションの部分は、譜面にちゃんと書いてあるところもあるし、演奏者におまかせの部分もいっぱいあって、それで窓子も工夫してね、音楽的なことだけじゃなくてノイズ的なこととかも取り入れて。光さんはおもしろがっていたよね。
それと『鹿踊り〜』では、音が無くなっちゃうところを作ったじゃない。振付は、山田うんさんで、うんさんとのはじまりだったわけだけど…
─そうそう! 鹿踊りのはじまりは、うんさんとのはじまり(笑)!
萩/事前にワークショップをやったりして、おもしろかったね。
─あの無音のところって楽譜はどうなっていたんだっけ。楽譜に無音が書いてあったんだっけ。音が消えて、動きだけが繋がって行く。
萩/稽古場での工夫だったんだよね。光さんの場合はそれがもうひとつあってさ、「藪の中」(『そしてみんなうそをついた』〜芥川龍之介「藪の中」による〜2008年初演)の時ね。
─そうだそうだ、手込めのところ
萩/そうそう、無音の効果でね。良かったよね。無音を作曲した作曲家!
歌劇場Xは、衣裳も照明も舞台美術もとても美しいよね。写真を見ても、ぱっと思いだしてもそういう印象が強くある。それまでの賢治歌劇場ていうのは、いわゆる本公演は本公演なんだけど、少し気軽に取り組める公演というところでスタートしていたから予算のかけ方も少しおさえたところであったんだけど、Xは立派にやりましたね。
(聞き手・田上ナナ子/こんにゃく座制作)
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宮澤賢治歌劇場は、
新しい表現への挑戦の場であり、
また、新しい作曲家、スタッフとの出会いを
シリーズを通して重ねてきました。
1992年から2005年まで
この間にうまれたいくつかの作品は、
様々な形で再演され、今日に至ります。
次回、宮澤賢治歌劇場Yは、まだ決まっておりませんが、
どの作品の組み合わせでどんな公演になるのか、
どうぞ楽しみにしていてください。
宮澤賢治歌劇場は、
新しい表現への挑戦の場であり、
また、新しい作曲家、スタッフとの出会いを
シリーズを通して重ねてきました。
1992年から2005年まで
この間にうまれたいくつかの作品は、
様々な形で再演され、今日に至ります。
次回、宮澤賢治歌劇場Yは、まだ決まっておりませんが、
どの作品の組み合わせでどんな公演になるのか、
どうぞ楽しみにしていてください。
※1…うた会とは・・・年一回おこなわれ、こんにゃく座の歌役者が全員出演する、いま自分が歌いたいうたを歌う会。
※2…合唱団じゃがいもは、山形県を拠点に活動する混声合唱団。→Webサイト
【宮澤賢治歌劇場関連商品】
CD「オペラ『北守将軍と三人兄弟の医者』」
こんにゃく座販売価格\3,100(税込)
CD「夢へ オペラシアターこんにゃく座林光追悼コンサート」
こんにゃく座販売価格\3,200(税込)
オペラ『鹿踊りのはじまり』から、「お日さんに」を収録。2012年12月28日コンサートライブ録音版。