対談〜作曲家と演出家編
2017-04-03


『タング』の稽古場は舞台セットも完成し、本番に向け稽古のペースを加速させています。今回は『タング』を作曲した萩京子と、演出する大石哲史の対談をお送りします。『タング』の世界をかたちづくる大きな担い手である二人に語ってもらいます。
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―今回の新しいオペラを安房直子さんの「まほうをかけられた舌」にしようと決めたのはお二人のどちらだったんですか?

大石/まず僕が安房さんの全集を読んでて、それを萩さんに提案したんだったと思うよ。

/そうでしたね。安房さんという作家は、実は何年も前から気になる存在ではあったんですよ。いつもすごく良いなと思うけれど、同じように舞台にすることの難しさも感じていた。ものがたりとしてふわっとしているところがあって、手応えとしてそのふわふわしたところが、本を読んでいる分には良いけれど、舞台にした時に見応えのあるものにできるかというところで躊躇するところもあった。でも今回、うたのステージとオペラという枠組みで作ろうとしたなかで、40分くらいのオペラと考えた時に、迷いはあったけれども良いんじゃないかなと思った。
大石さんが全集を見つけてきた中に「まほう〜」が入っていたけど、私はそれまでこの作品は知らなかった。読んだ時に他の作品とは少し違う雰囲気がして、からっとしている感じ、「味」や「料理」がテーマなところ、亡くなったお父さんの気持ちをどうやってつないでいくか、といういろいろな要素があるから、この作品をオペラにしたら面白いんじゃないかなと思ったんです。

―大石さんが萩さんに「まほう〜」を薦めたのは舞台になりそうという視点からですか?それともものがたりとしてこれはいけるかなと思ったから?

大石/萩さんに提案した時は、たしか「まほう〜」を含めて3つ選んだんだけど、僕の一番は「まほう〜」と別のものに興味があったんだよね。でもその3つの中で萩さんは「まほう〜」が一番良いんじゃないのかなと選んだ。「まほう〜」は舞台に乗せるにはエンディングが難しいと感じていた。それは稽古を進めている今もそう思っているところがあって。中身は面白く、発想も面白い。でも最後のオチというか、終わり方がね・・・。

/教訓じゃないからね。原作はそうなっていないし、オペラにする時もそうはしたくないわけだから。それでこの原作をもっとからっと乾いた感じに面白く、ユーモアを含め展開できる人は、朝比奈さん(朝比奈尚行)じゃないかなあと、詩を書くセンスや力を含めて朝比奈さんにお願いした。朝比奈さんの台本になったことで、安房さんの世界とはまた違ったものになったんじゃないかなと思う。

大石/まったく違うかな。朝比奈さんの世界を、演出として面白がり、苦労している最中。そうしながら、音をどういうふうにすれば、安房さん自身が書きたかった色というか、質を出せるのかなあと・・・。

/私も朝比奈さんのことばに向き合っているけれど、そこから安房さんの原作の方向を向きながら曲をつくるという意識があった。

大石/うん。そのごった煮みたいな感じを、どのようにまとめようかなあと思っている。話自体が少年の成長ものがたりになっているから、そのラインはひとつ必要だと思うけれど、まほうをかけられたあとの少年と、そこに至るプロセスをどれだけ楽しくできるか。その妙が面白くなるんじゃないかなあ。




稽古場風景 〜A組〜

―つぎに作曲家、演出家というそれぞれの視点でものがたりの世界をどう捉えているのか聞いてみたいと思います。まずは萩さんから。
萩さんは作曲に取り組む時、ものがたりの世界を作ることを音やリズムなどの中に反映させていくと思うんですけど、そのものがたりが舞台空間に立ちあがることをはっきりとイメージしながら曲を作っていくのですか?

/それはそれほど具体的でも明確なものでもなくって、ものがたりの持つ、雰囲気や肌触り、においとか感触みたいなイメージで作っていく。具体的なビジュアルのことは演出や美術という角度で作っていくわけだけど、音楽はもちろんそこに影響するだろうし・・・。
でもまずは「ことば」との関係から考える。その作品の原作にせよ台本にせよ、何をポイントに考えるかで違ってくるかな。たとえば喜びなのか悲しみなのか、いろいろな感情があるとして、そうした感情による叙情性というところを中心に作っていくのか、あるいは全体の世界みたいなところで作っていくのか。
この『タング』の場合は、感情もあるんだけど、なかなか難しいんですよ。鄭義信さん台本の作品や、宮澤賢治作品の時とは全然違って、どこに重心を置くかという難しさがあった。諧謔性(かいぎゃくせい)と言ったらいいのかなあ、軽み、面白みといった中に少年の感情を入れていかなければ、という感じですかね。しかもコンパクトな作品なので、一瞬にして子どもたちを食いつかせる面白さを持たなければいけないところも難しかった。台本はことばとして面白くできているけど、オペラとして音楽がそこにどう働くか、ことばの面白さにおんぶしてしまわないように何を出すかというところであがいたかな。

―では今度は大石さんに。大石さんは歌役者として出演する時と今回のように演出をする時とでは、台本の読み方とか曲の読み取り方は違いますか?

大石/やっぱりそれは全然違う。演出の時は稽古場で演出席に座って、その舞台のスペースに出演者が何を出すかっていうところから始まり、それをどのように構築していくかという見方をしている。出演の時はまずひとりで楽譜を読み、音取りを進めてと、その後は自分が発信するものを、どのように良くしていこうかということしか考えていない。演出席ではそのようなことはまったく考えていなくて、自分がもしその役をやっていたらこうするっていうことはほとんどなくて・・・

―あ、ないんですね。

大石/うん。その役で君のキャラクターだったらこうしたら、と言うくらいしか。

/大石さんが演出を始めた当初は、歌役者・大石哲史だったらこうするということが多かったと思うけど、演出の経験をたくさん積んで、今みたいに演出する側の見方から作っていくことに変わったと顕著に感じたのは、この前の『銀河鉄道の夜』の時だったんじゃないかな。それまでは歌役者としての感覚から、どの場面も面白くしてやるぞ!という意欲で作っていたように思う。

島田大翼 北野雄一郎
2017年 オペラ『想稿・銀河鉄道の夜』

大石/どこで変わったのかは自分では分からない。

―僕はてっきり、今でも大石さんが自分だったらこうするだろうというイメージと照らし合わせているんだと思っていました。

大石/それは全くない。でも逆にしんどいこともあって、出演者からアイデアが出てくるまで待たないといけないからね。こちらからこうしてみたらという発想のきっかけを与えることはあるけれど、その歌役者から出てきた発想でないと、結局は面白くならないからね。演出はコックだから、素材をどのように際立たせるかということを考える。
けれど朝比奈さんの台本はとにかく難しい。笑いであっても基本的にクールでなければいけないから。スラップスティック的な身体を張った喜劇みたいなナンセンスさがあるのは、他の台本作家にはない特徴だと思う。

/そうねえ。何というか知的な笑いというか・・・。

大石/笑いほど難しいものはないからね。僕が本からのイメージで一番面白いなと思ったのはミステリー的なところ。妖精が倉庫みたいなところで「来ないんだ・・・あいつ」と、少年をひとり待っているところとか、すごく闇を感じるし、ミステリアス。少年が迷路に迷い込むシーンがうまくいくと、そのミステリアス感が深まるんだけど、そこをどうしようかというのが今の稽古の悩みでもある。

―大石さんは確かにそのシーンをどうしようかと、最初から言っていましたね。

大石/自分が出演した『注文の多い料理店』でも苦労したけど、「迷い込む」ことを舞台でやるのはなかなか難しい。

大石哲史
2004年 宮澤賢治歌劇場Wより オペラ『注文の多い料理店』

―最後にお二人から、この『タング』のみどころは?

大石/「味のうた」っていうのがあって、味覚オンチの少年が、「あっ、こういうのが味なんだ!」ということを知った瞬間の感動を、最初に本を読んだときにはあまり思わなかったけど、曲が出てきた時に強く感じた。そのシーンをピークに持っていこうかなあとまで思うところがある。話は飛ぶけど『セロ弾きのゴーシュ』でゴーシュとかっこうが二人で「カッコウ、カッコウ・・・」と夢中になって掛け合いをする場面と似ていて、味っていうのはこういうものだと分かる感動ってすごいものじゃないかなあと・・・そこをピークにして、音の世界をそこから広げていければ良いかな。

井村タカオ 田中さとみ
2014年 林光歌劇場より オペラ『セロ弾きのゴーシュ』

/たしかに味を発見する瞬間は大事だなと思った。ヘレン・ケラーが水を触って「W-a-t-e-r・・・」という瞬間に匹敵するような。

―そこからドラマが展開していく重要なきっかけでもありますね。では、エンディングはどうでしょう?

/最後のシーンは朝比奈さんから最後に上がってきた詩が良いんじゃないかなと思う。いろいろと自分の気持ちとか考えることとか身体とかの感覚を全部つなげて感じていこうよ、ということばは、少年が料理の勉強を続ける話なんだけれど、気持ちだけじゃなくて、ちゃんと頭を使って生きていかなくてはならないんだから、というメッセージのある詩になっている。

―稽古ではまだ最後までいっていないけど、大石さんはどうですか?

大石/まだまだこれからだね。

/うたのステージと小さいオペラという組み合わせは、こんにゃく座が一番初めに『あまんじゃくとうりこ姫』という演し物でスタートした時のスタイルと一緒。これからいろいろなところで上演することによって、子どもたちを含め、オペラを知ってもらう入口としてふさわしい演目になったらなあと思います。


稽古場風景 〜B組〜

(2017年3月29日)
聞き手・土居麦/こんにゃく座制作