作曲 萩京子に聞く/立山ひろみさんのこと
2017-08-25

「立山ひろみ、おもしろいよ」と佐藤信さんにすれ違いざまにつぶやかれた

立山ひろみさんと出会ったのも、ひろみさんが黒テントに在籍していた時です。
何の公演だったか、黒テントの公演を見に行ったときに、演出家の佐藤信さんから、「立山ひろみという若手の演出家志望が黒テントに入ってきていて、おもしろいよ」と、すれ違いざまにつぶやくように言われました。信さんからそのようなことを言われたことはまったく始めてでしたので、びっくりしたと同時に、立山ひろみという名前が私にインプットされました。
ちょうどその頃、オペラ『 ガリバー』(萩京子作曲。1997年初演)を再演したいと座内で話が出ていて、そんな時にひろみさんの存在を知って、ピンと来てしまいました(笑)。まだひろみさんの演出した作品は見てはいなかったのですが、立山ひろみさんに『ガリバー』を演出してもらったらどうかな、と思ったんです。直感です。
それで声をかけて、引き受けてもらいました。この決め方は実に大胆というか、無謀というか、こんにゃく座の場合、そんな風に直感で演出家を決めることは通常ありえないことです。「立山さんで行こう」と言った萩の意見もさることながら、こんにゃく座のみんなも賛成してくれたのです。念のためにお伝えしておくと、こんにゃく座は集団でものごとを決めて行きますので、音楽監督だからと言って、代表だからと言って、萩の提案がそうそう何でもかんでもすんなり通るわけではないんですよ(笑)。
「立山ひろみ」への期待、何か今までとは違う空気を運んでくれるに違いない、という予感が、わたしたちこんにゃく座の中に芽生えていたのです。
そしてその後に、黒テントでの立山ひろみ初演出作品、ボリス・ヴィアン作「帝国の建設者」(2005年)を観ました。おもしろかった。作品の選び方もシャープだし、実際の公演を見て、『ガリバー』をおもしろくしてもらえそうだな、ひろみさんに決めて良かった、と思いました。

こんにゃく座と立山ひろみさんが出会うことになったのは2005年


オペラ『ガリバー』2006年改訂版初演・舞台写真
『ガリバー』の演出をしてもらうことが決まった後に、『ガリバー』の一年前の公演、オペラ『好色一代男』(萩京子作曲。2005年初演)で、山元清多さん(黒テント演出家。こんにゃく座では『金色夜叉』『変身』『にごりえ』などの演出、『ロミオとジュリエット・瓦礫のなかの』『ピノッキオ』などの台本を手がける)の演出助手としてついてもらうことになりました。『ガリバー』で演出をしてもらう前に、こんにゃく座の座員を知ってもらいたかったことと、稽古場の様子を感じてもらいたかったので、とても良い機会になりました。その時のひろみさんは、出演者はもとより、スタッフや全体への気配りが行き届いていて、落ち着いている印象を持ちました。
『ガリバー』の再演に向けて、台本の朝比奈さんとも改めて打ち合わせして、『ガリバー』をより今日的なものにしたいと考えて、ひろみさんとも一緒に打ち合わせを重ねました。そして台本の部分的な改変や、器楽編成も追加したり、再演とはいえ新しく編曲する部分がたくさんあったので、ほとんど新作同様のような感じで、私は稽古場にはあまりいられませんでした。
それでもたまに(笑)稽古場に行くと、今までの稽古場と少し風景が違っていて、それまでの演出家というのは大きな声の人が多かったのですが、ひろみさんは小さな声で話すから、みんながどんどん演出席に近寄ってきたり、ひろみさんがやおら稽古場の真ん中に座り込んで楽譜を広げて話し出したりするので、みんなが車座になって…ということになったり、いろいろ新鮮でした。出演者はひろみさんより年上の人が多かったと思うんだけど、ひろみさんのそれなりに長い説明(おはなし)を聞いたあげく、「立山さんの言ってることはよくわかんないけど、とにかくそのとおりやってみよう」とか、そんな感じでしたね。

こんにゃく座のオペラを演出してもらうということ

立山ひろみさん。2014年公演オペラ『おぐりとてるて』稽古場より

こんにゃく座のオペラを演出してもらう演出家に必要なことは、楽譜が読めるかどうかが絶対的に必要な条件ではなくて、“音楽を感じる力”が大事で、それを持っていないと、オペラの演出はできないと思います。これまでこんにゃく座の演出をしてくれている人は、楽譜を読む力ではなく、音楽を感じる力で演出してくれていると感じています。
視覚的に劇を構成して、そして音楽が何を語っているかを感じてミザン(役者の立ち位置など)を決めて行くということでもオペラの演出はできると思いますし、また別の方法として、演劇としての文脈とか感情とか、そちら側から貫いて演出していく方法もあるだろうし、オペラの演出といってもいろいろな切り込み方があって、こんにゃく座のオペラの演出をしている人たちは、ひとりずつ少しずつ違っています。

ひろみさんの場合は、芝居を立ち上げるときに「デッサンする」という考え方を私たちの稽古場に持ち込んできたことが一番特徴的です。
「デッサン」というのは美術の用語ですよね。素描というんですかね。作曲ではスケッチということばを使います。まずざっくりとその場面の意味するところ、あるいは何を表わしたいかということを明らかにする。演劇やオペラは集団作業なので、場面を作るときに集団として共通の認識を持つことが大切ですから、個人的な作業としてのデッサンのみならず、集団的な作業としてのデッサンが重要になるわけですね。
各場面、ディスカッションをしたり、実際に「荒立ち」(ざっくりと立って動いてみる稽古)などを通して、場面の骨格をつかんでおくことで、稽古が進んでさまざまな要素が加わっていっても、また大きくプランが変更になったとしても骨組みのところで揺るがない。芝居が壊れない…。「デッサン」ということばを使わなくても「デッサン」に似た作業をすることはあったと思いますが、立山演出ではじめて「デッサン」ということばが導入されたことで、その作業の内容がより明確になったように思います。

それからもうひとつは、立山演出は視覚的な構図を重視する作り方だと感じています。構図の美しさと力強さには全幅の信頼を置いています。そして、構図が成立していることによって、演技する人にとっては自由度もある。「あれしちゃいけない。これしちゃいけない。」ということはあまり言わないのではないかな? 演技している本人があいまいな場合は的確に指摘して、何をやりたいかを明らかにする手助けをする、というような感じかな…。ひろみさんの演出家としての師匠の佐藤信さんの教えというか考え方なんですが、「演出家は演技指導をするべきでない」ということを、彼女は守っています。演技プランはあくまでも演じる人が考える。演出の仕事は、役者が考えたことをくみ上げて、作品に生かして、作品も役者も生かす、ということです。でもその教えはほどほどにして、演技指導もしてくれても良いのにな、と思う時もあります(笑)。

そして、オペラ『スマイル─いつの日か、ひまわりのように』
初演から20年を経てこんにゃく座が公演することになったいきさつ

2014年度オペラ塾修了公演チラシ
今回の作品、オペラ『スマイル─いつの日か、ひまわりのように』は、2011年からこんにゃく座が行なっている“こんにゃく座オペラ塾(※1)”の2014年度修了公演として、2015年3月にひろみさんの演出で公演しました。
ひろみさんにオペラ塾の演出をお願いすることになった経緯は、まず、オペラ塾の前に、ひろみさんにはこんにゃく座が指導しているキラリ☆かげき団(※2)の修了公演を、2012年度と2013年度、2年連続で演出してもらいました。2012年度は萩京子のオペラ第一作、別役実原作の『なにもないねこ』。2013年度はなんと大作の『にごりえ』(山元清多台本、萩京子作曲)。これらの公演は大成功で、キラリ☆かげき団のメンバーも飛躍的に成長しました。一方、オペラ塾ではその2年間は大石哲史が指導、演出をして、林光さんの『白墨の輪』と『変身』を修了公演で上演して、成果を上げていました。
2014年度を迎えたときに、トレードって言って良いのでしょうか? この年はキラリ☆かげき団を大石で、オペラ塾をひろみさんにお願いしましょう、ということになりました。
この年は『おぐりとてるて』─説経節「小栗判官照手姫」より─(萩京子作曲)を初演した年です。長い時間をかけて一緒に題材を探し、ひろみさんとしては初めてのオペラ台本を書き、演出もしてもらい、こんにゃく座がこれから何年も上演する作品としての『おぐりとてるて』を、ひろみさんも私もものすごいエネルギーをかけて作り上げました。

オペラ『おぐりとてるて』初演・舞台写真

そして、その後のオペラ塾となったわけです。オペラ塾修了公演で何を公演するかということはおおいに悩んで、あらゆる作品を並べて考えていた時に、眠っていた『スマイル』のことを思い出して、オペラ塾生の顔ぶれを考えて、これは行けそうだ、と、ひろみさんに提案をして、引き受けてもらったのです。

こんにゃく座公演に向けて立山さんへの期待

この『スマイル』という作品は、とにかく鄭義信という人のエッセンスがつまっていて、叙情性溢れる美しい部分と、バイタリティ溢れる生活感を出す笑いの部分があります。その、美しいほうの部分についてはひろみさんにとても合っていると思えました。でも、笑いの要素のほうはひろみさんのセンスの外のような気がしていました。オペラ塾の時の稽古場では、漫才の部分なんかは、なかなか厳しいと悩んでいたようでしたね。
でも、オペラ塾の公演にかけられる予算の無いなかで、こどもたちの衣裳を、白いブラウスに黒いスカートやズボンとか、もともとみんなが持っているものをコーディネイトしたりして、驚くほどシンプルに美しくまとめあげてくれました。それから、タイトルにもある「いつの日か、ひまわりのように」というひまわりに託した願いみたいなものを表現するために、出演者にひとつずつ“かけら”を持たせて、シーンによってはそれが雨や涙のしずくのようにも見えるんだけど、月のように上がっていた丸いオブジェに、そのかけらをひとつずつくっつけていくと、最後ひまわりができあがる、というような見せ方は、すごくすてきでした。ひろみさんの本領発揮というか、見事でした。
オペラ塾の公演を観て、この作品を本公演でやれるのではないか、いけるんじゃないかな、と改めて思いました。座員もみんな、これをこんにゃく座でやらないのはもったいない、というような感じになりましたね。まさに、作品の再発見というような感じでした。

『スマイル』をうた座で公演して以降、こんにゃく座では鄭義信さんとの作品が3作品(1999年『ロはロボットのロ』、2002年『まげもん-MAGAIMON』、2009年『ネズミの涙』)生まれました。
鄭さんと萩京子のオペラ第一作は『ロはロボットのロ』だと思っていた人も多いと思います。
『ロボット』の2年前に名古屋のうた座が初演している、鄭さんと萩京子の第一作目である『スマイル』もこんにゃく座で公演しないか、とこれまで座内で何回か話題にしましたが、なかなか公演には結びつきませんでした。
オペラ塾を経て本公演決定、というめずらしい成り立ちではありますが、作曲者として望んだこんにゃく座での『スマイル』上演です。『ガリバー』で初めておつきあいしてから10年以上が経過して、さまざまな現場でキャリアを積まれて、今は持ち前のセンスの良さとか繊細さに加えて、たくましさがぐんと加わってきた立山ひろみさんが、『スマイル』をどんなふうに仕上げていくか、とても楽しみです。


※1 こんにゃく座オペラ塾=1985年から90年まで行なっていた研修所が休止して20年の時を経て2011年に開設。こんにゃく座座員が講師となり、主に日曜日、年30回ほどの研修を行ない、一年の最後に修了公演としてオペラを一本上演している。プロになりたい人、仕事に歌や表現を生かしたい人、ただただ歌に出会いたい人など、毎年20〜30人が参加している。【戻る↑】

※2 キラリ☆かげき団=2006年に発足した、埼玉県富士見市民文化会館(通称キラリ☆ふじみ)に属する市民オペラ団。月2回程度のペースでこんにゃく座座員がワークショップを行ない、年に一度、こんにゃく座が全面的にバックアップするかたちでオペラの公演を行なっている。【戻る↑】